2008年 08月 30日
サファリ-470 江里さんとの仕事-8 |
「涅槃」(ねはん)
お釈迦様はどうしてこんな格好で死んだのでしょう?
私の見解では、半分寝ていて、半分は死してもなお
思索を続けたかったからではないでしょうか?
頭を手で支えて、重力に抗うことを、
まったく自然体で実現している。
呑気に、全てを受け入れ、「まあ良いじゃない」と、
許してくれているようなポーズ。
恩着せがましくなくて、しつこくなくて、
自由気ままで勝手で、
勝手に悟りを開いていて、
これはまったく素晴らしいポーズです。
お寿司屋さんの「万魚」の大将は、
そんな自由気ままで勝手に美味しいものを握って、
「どうです?旨いでしょ?」みたいな感じを絶対に滲ませない。
お店の入り口、暖簾をくぐって正面に、
普通は店内のカウンターと大将の顔が見えるものですが、
江里さんはそうしなかった。
暖簾をくぐると正面には温かな色合いの左官の壁があり、
その中央にひとつの無骨な凹みが穿たれている。
その中に私の作った「涅槃」が、灯火を背景に
シルエットで浮かび上がっています。
右に迂回してすぐ左を向いて立つと、長い廊下が‥‥‥‥
いや、実際には2メートルもない。
しかし、その間は「長い廊下」のように感じさせてくれます。
廊下の突き当たりにも壁。
その壁には1輪挿しがかけてあり、春の草が投げ入れてありました。
そうして左を向くと、始めてカウンターの中にいる大将と
挨拶できるのです。
つまり、暖簾をくぐって本来なら店内が見渡せるのに、
あいだに1枚の壁が立ちはだかっていることによって、
その壁をぐるりとまわらないと店内が見えないのです。
江里さんは物語のプロローグをとても大切にした。
これから職人の作る至福の味の世界へ向かおうとする客の、
期待感を広く深く押し広げていく。
そういう時の小道具を、私に託してくださるなんて、
これは作家冥利に尽きるというものです。
大将は、撮影を終えた私に言いました。
「こちらの壁にも尾崎さんが作ったものを飾りたい。
閃いたら作ってください。」
「万魚」
福岡市中央区西中洲3−5
TEL 092-713-4383
by utyuuinu
| 2008-08-30 03:25
| 作品/intermezzo 間奏曲